2015年8月24日月曜日

カメもウサギも種類が多彩だ

8月19日
 SEALDsに関する議論が散見する。結論から言えば大人気ないのひと言で片付く。
 過度の期待、持ち上げ風潮が批判を誘発したのだろうか。すべて大人の論理でしかない。



 彼等若者も運動と共に変化して行き大人のエゴに黙っていても巻き込まれていく。それとも分裂もしくは消滅、残党となるか。立派に成長するか?今はどうでもいい問題。
 情けないのは過度な期待に夢見るヒーロー派が多い事、すべてを預けようとする伝統的な百姓文化を見つけてしまう。
 それに対して懐疑派は乳繰りまわり違いとアラを探すのに夢中。何代何世代繰り返す汚れた心根のようだな。
 どのように育とうが間違いを起こそうが関わらず口出さず放任する寛容さとで見守ることができないのは自信と信念がない現れでしかない。
 裏切られようが期待外れに終わろうが、今、感じて動いている。それでいい。
 必ずしもSEALDsと同化する必要も必然性も無理に求める必要もない。
 必要にそれを求めようとする事を見つめ直せば、そこに残るのは何も行動できない己の姿しか見えないはずだろう。

 社会科が受験の必須科目でなくなってから、社会常識の世代間の共通認識は崩れて久しい。さらに同世代間も含めて知識格差の問題を忘れた議論は何の戦略性も持ち得ない。
 毎年100万人の有権者が生まれ、そのほとんどが違う価値観と知識格差と思考体力や精神体力の中、政治が行われて行く、この大前提なくして、日本社会という一括りでまとめてしまうのは危険でしかない。
 世代が変われば意識は多民族並みに違う。この問題は地球温暖化並みの問題であり、今、近づく巨大な台風の対策に地球温暖化対策のCO2対策を持ち出すような話に見える

 日本昔話ウサギとカメのおとぎ話に例えるなら、安倍政権はカメであり、憲法学者がイケンですと言うまで寝てたウサギは安保法制に反対する私たちでしかない。


 それほどまでに、去年の沖縄県知事選挙前の突然の解散総選挙の仕掛けの強かさは12月の選挙結果から誰しも気づいていたはず、それでも4月の統一地方選でもスルーし寝たまま、安保法制でも静観、イケンでやっと起きだし、安保法制成立で時間と共に諦め眠りにつこうとするだろう。寝かせずに来年までウサギがカメにカエル事が可能にかが勝負になる。

旧暦 7月6日の朝

8月19日
 明日は七夕。
 お墓の掃除に行かなければならない。母にしっかりと日程を拘束されてしまう。さらに台風がやってくる。


  朝一番からイヤなものを見てしまった。国連ジュネーブ事務所でのスピーチのブログである。若い女性と国連スピーチの見出しに釣られた。閲覧数に図らずも貢献してしまった。
 彼女は幸福の科学関連、関係者で次世代前衆議院議員他と同伴でのスピーチである。この話題が他のネット媒体でも拡散されている。
 昨日の新聞記事にあった創価学会員の公明党批判も取り扱いに神経を使う。
批判や攻撃の意図で取り上げ利用するやり方だが情報戦術、ネット戦術では利用しているのか利用されているのかはどちらの果実が大きいかによる。
特に宗教団体やその他過激な集団から派生した情報発信は目的意図の戦術的スパーンが一般人とは違うという事は確かだろう。
 比較にならないが私も小さな地域でひとりで戦った時に知って欲しい情報は先ず敵に伝え流した。
 こちらの支持側にいちいち説明し説得するより、面白く興味深く短時間に効果的に情報が広まる。その後に地域を廻ると住民から話しかけてくる。説明が省けより中身の問題点の話ができる。

 広めたい情報や活動は先ず批判的な人たちに目に付くように伝える。後は生き物ように育って行く。
人間社会って面白い。

独立か自治拡大か!憲法改正か地方自治法改正か

8月18日


8月12日の「戦災調査、沖縄欠落」の記事。日本の戦災調査に沖縄の戦災調査が含まれていないのと同じ構図かな、

 今日の「軍消防に放射線検査、宜野湾市消防には行わず」



 沖国大ヘリ墜落放射能検査や基地からの環境汚染についての問題、報告できない。
 全体に対する割合が大きく分母分子から外す事が客観的な数字一般化できる。沖縄はあくまで特殊事例、例外。日本の蚊帳の外。
これは、日本の国家感、歴史感の現れ。
 沖縄における本土並みが言葉として一般化している。しかし、日本における命題として、日本における民主化のアメリカ並みを掲げるのは時流にあっているのではないか。
 アメリカ制度は疑問もありベストではないが、これだけ国策でアメリカ追従なら公制度や民制度もバランスを取らないと歪で民主国家としての存立に関わってくる

 国連人権理事会報告者コープス氏を招いての活動が二三日間報道されている。
「沖縄、琉球独立について国連が直接関わる規定概念がない。他国による独立、国としての承認が先にないと独立は達成できない。それよりは日本国内での自治権拡大」を模索するのが現実的との指摘か。

 憲法や自治法の問題となる。自治法だけの範囲に収めるか?それとも憲法改正を目指すのか?を突きつけられた形になる。
 地方の自治権の拡大は、具体的に何を要求するのか。
 辺野古だけの限定になるのか?地方民意の制度的確立なのか?基地政策か?基地政策なら外交も関わり憲法改正問題に?
 単に予算や税の配分割合を指すのか。国税、地方税、消費税の利権争いなのか。
一括交付金など交付金制度の自由度、各省庁予算からの開放独立なのか。

江戸時代の幕藩体制のような自治権なのか。

 創価学会の公明党批判を喜んでばかりでは大変! すでに選挙対策をしていると考えないと彼らが実働部隊であり、選挙活動の環境作りを始めている一面と動機を理解しないと公明党はピンチを最大のチャンスに変える

ブレイクスルーはハートから

8月18日
 琉球新報の多彩な記事が目に付く火曜日。
 さて、ニュースを彩る事件事故災害の世界的な類似性は報道機関の偏向だけではないだろう。
 相次ぐ航空機事故、爆発事故事件、火山噴火や地震、洪水水害と熱波、国内では列車関連事故、相次ぐ死体遺棄事件である。
 中国、タイの爆発事故事件は特に気になる。タイの爆発がテロなら他人事とは思えない。日本への警告警鐘でなければいいのだが。


 カーラジオからプレミアム商品券事業のニュースが流れる。90%以上の自治体で夏までに実施され、総額1500億円の事業で交付金で賄われる。
 各自治体の議会の予算審議の中でプレミアム商品券事業も事業概要の説明審議がなされたはずである。賛成反対ではなく、このような議会情報がほとんど外に流れない。
 地方議会議員の行政情報の袋詰め持ち帰りである。二度と袋から取り出される事はない。
 この行為が断熱材のような役割を果たし、政策と庶民との乖離を、政策を雲の上の手の届かない現実空間から弾き出してしまう。


 住民自治、住民視線の政策や施策を庶民から取り上げ扉を閉ざす門番が議会の役割機能として成立する事で政策施策の政治家の囲い込みができ大人のオモチャとしての機能作用としてフル活用できるようになる。

 行政、議会情報のタレ流しこそ住民自治の美徳。最初にタレ流しあれ!
 その後に調査、議論、対応そして行動である。議会議員の役割は行政情報の壁のブレイクスルーであり、自らが壁になっては本末転倒。
 これが議会の姿ではないはずだと言っても多くの地方議員はバツ悪そうに微笑み去っていく。
 自治体の情報公開条例を1番活用しないといけないのが議員でなければならない。やり続ける事で変わってくる。役場の職員の心の壁もブレイクスルーの対象になる。

 ちなみに、情報公開と情報開示は違う。公開は請求によるもので情報開示は義務


 各自治体で頑張る議員もいる。しかし多くが嫌われ者扱いを受ける。
 本当に大事な必要な情報を扱い発信する行為は組織から嫌がられる。仲間である政党でさえ抑え込もうとする。
 当然ながら役場の職員からも露骨に嫌がられる。それがオープンな情報でも喧嘩腰の口論にもなる。酷い場合は明確ではない職権を個人的感情で持ち出す、それを何処でどのタイミングで叩き潰すか?戦術も大事な事になる。
 荒くれ馬を調教するが如く、一人でも上手く行けば世界は広がる

ハラスメント!受けた側からしか指摘できない

2015年8月17日
 辺野古集中協議。明日から東京協議、実質協議の始まりか。


 地方議会のセクハラ、女性議員52%被害。それは選挙中から始まるもの。しかし、当選し議員と選良となれば、さらなる自覚が必要である。周りは議会も一段と男社会は覚悟の上の道、ホッとしてればアッと言う間に呑まれて物言えぬ環境になる。
 スタッフならば、尚更、大変だブラック並みの扱いもザラにある。しかし、議員ともなれば、一般女性とは違う。
 実際は一般女性よりも戦わない女性議員が多いのではないか。 大変、可哀想と被害者にならずに議員がヤル気になれば一番強い。  表の議論、問題にする事が一般女性より容易い。議会という限られた法律に守られた空間に男性議員を引き摺り出せだいい。
 嫌われたくないとか迷惑かけるとか、それが問題なんだ全て議会という表に出す事、寛容さが社会の弊害になっている。
 そこは毅然と戦わずして媚を売り政策実現ではホステス議員活動と言われる。女性が議員である必要性がなくなる。
 議会や議員はセクハラのなんたるかを知らない現行犯で戦わないと変わらない。そこをスルーして前に進めば女性問題の理解は中々前進しない。
 党派を超え、人類の敵くらいの気持ちで男性議員や関係者と対峙、駆逐する心構えで奮闘する宿命から逃げてはいけない。


 国と県との辺野古集中協議合意から稲嶺進名護市長の言動が厳しくなっている。
 オール沖縄左派の苛立ちを現しているのだろうか。
 山形市長選の維新の痴話げんか代表選の前哨戦だろう。代表選のあとは橋下徹大阪府知事の任期終了と立ち振る舞いが注目される。その行動にも影響を与える代表選には、大阪組は必死になる。その意味は言わずと知れたものである可能性が非常に高いと見るのが普通である。
 東と西と別れた方が野党協力は進む。分党の季節でしょ、脅されて政治はできない。

知らない世界だな!スパースモデリングって

 瞬間最大風速70mの台風が近づく夜半のEテレからスパースモデリングと聞きなれない単語が流れる。
 新手の理論なのか新兵器なのか。こう云うのは嫌いではない。
 ちなみにスパーではなく、スパースと言う。スパースモデリング。


 番組を聴いてて面白そう。早速、検索すると、出てくる出てくる。


 文科省科学研究費補助金「新学術領域研究」

 字幕なしの外国映画のように分かるような気がする。
 Eテレで再放送がある。もう一度見ますか。理解しても私の生活は変わらないのはハッキリと理解はしている。

画面の中の風景は終わりを告げているかのよう

 桜島の避難指示解除で地元に帰還する。自宅でインタビューを受けるおばさんがテレビに映り、ホッとした表情を見せる。


 心情は分かるが、果たして正しい行動なのか。
 箱根にしても同じで行動の基準は「何もなかったじゃん」何も起こらない前提での発想に支配されている。
 いわゆる正常バイアスに取り憑かれている行動、判断によって全体答に寄り掛かる。
 サバイバル的には多様な判断が求められる。全体とは違う行動が究極の生き残り策がサバイバル的発想になる。
 歴史的にも想定を超える事象では全体の取る行動が間違っていた事が大半を占める。
 しかし、何も起こらなかった場合は、単なるバカでしかない。他人に理解、共感されることはない。
 それを恐れる、何も起こらないことを恐れるから決して全体が出した多数回答には逆らえない。
 起こった時の重大さと起こらないかった時の情けなさを天秤にかけ、ほとんどが情けなさを避ける。

 サバイバル、生き残りをかけた状況では常に正常バイアスとの葛藤を避けてはいけない。
 私なら今、現在時点で桜島には戻らない。
 原発事故放射線被害からの避難も際たる行動だろう。

避難が正しい判断である。 



 その自分の持つ価値観に正直に従い行動することは、大きな苦難を背負うことになる。
 それが可能な動機は次世代への愛の強さしかなく、家族愛しかない。それはまだ見ぬ家族を含めてである。