10 国破れて山河は
村人たちが収容されている阿真から身内を探しにガマにやってくる人が増えました。
中には舞台衣装かと見間違うほどの派手な服装でくる女の人もいます。
貧民街に現れた女王様の姿に映ります。
座間味出身のC子がその人でした。回りの人はぼろをつけ、やせこけているのに彼女は元気印そのものです。そのきんきらきんの衣装に唖然とした友人のS子が尋ねました。
「その格好はいったいどうしたのよ」
すると、彼女は
「あちこちの壕から探し出して好きなものを着けてきたの」
と平然と答えてます。
C子の姿はたちまち軍や関係者たちの目に入り、彼女の行動は厳しく監視されるようになりました。
スパイと疑われたのです。
トイレに行くにも後をつけられる始末です。
もし、彼女が再び収容所に戻るようなことにでもなれば、命が狙われると心配した友達が説得して山に残るようになりました。
しかし、投降する人たちがふえるにつれて、日本軍の目も次第にC子や村人から離れていきました。
阿真収容所における米軍の親切な対応の話に動かされて、敏子の家族も投降することに決めました。それで、ヌンルルーガマからユヒナのソーシに行き、そこで一泊することにしました。
ソーシの海岸での晩のことです。沖の艦船から物凄い数の艦砲の音が夜の岩場に轟きました。
「ズドン・・・・ヒュルルー・・・・ボアン」
岩石が落ちてきはしないか、と思うほどの轟音があたりを揺るがせて数十分は続いたでしょうか
忘れかけてたあの雷鳴のような艦砲の激しい音です。
その合間を縫うように「バンバンバン・・・」と機関砲の連発する音も入って聞こえてきます。
そして、サーチライトの黄色い光線が海上をなめるように走り回ります。
時々、光りの先が海岸まで届き、あたりを昼のように明るくします。
見つけられそうな恐怖におそわれ、敏子の家族は狭い岩穴の奥にすいつくように隠れました。
しばらくしたら、攻撃の音は止みましたが、米兵がやってきはしないかという心配は消えず、それに、海風の寒さも手伝って、一晩中、眠ることができませんでした。
夜が明けました。どうにか生き延びたと、ほっとしていたら、敏子たちが隠れていた場所の近くの岩陰から濡れた服を着た一人の日本兵が出てきました。
敏子たちが昨夜の砲撃の恐ろしさを話すと「ああ、あれは私たちを狙ったもんだったんだよ」と、他人事のように平然としてます。
「どうしたんですか。そのせいで睡眠不足しましたよ」とぐちったけれど、わびることもなく、苦笑いしてました。
攻撃された理由を聞いてみました。
海岸に流れ着いた材木などで筏を組み、数名で久米島へ逃亡しようと企て、漕ぎ出してすこし沖合いに出たところ、監視艇に見つかり、射撃されたというのです。
彼は海に飛び込んでやっと岸に泳ぎ着いたが、仲間の行方はわからないと言いながら、昨夜、砲撃された辺りの海面に目を移していました。
敏子の母は航空隊の志願兵として鹿児島へ渡航中に亡くなった三男のことを思い出したのか、その兵に一緒に捕虜になろうと誘い、島人に成り済ました服装をさせて家族の一員に加えました。
敏子たちにとっては有りっ丈の財産である荷物を分け持って阿真へ向かって移動しました。
長い間のガマの生活ですっかり湿り、重くなった布団は兵隊に担がせました。
戦場で衰弱していたであろうが、さすが若者です。獣道のようなユヒナの坂道をどんどん上がっていきます。
いつの間にか、敏子たちは彼の姿を見失っていました。
敏子の荷物は鍋や釜です。かさばって歩行の邪魔になります。でも、これがないと、飯が食べられなくて家族の者が困ります。
「カラン、コロン」と岩に荷物をぶつけながら喘ぎ喘ぎ歩を進めました。
おまけに背負った四歳の弟がぐずつきます。
足の怪我が完治していない母は一人で歩くのもせいいっぱいです。
休み休みついてきます。手をかそうにもみんな自分の荷物を運ぶのに精一杯でした。
亡くなった兄の写真も額に入れたまま敏子は肌身離さずもっていました。
そして、家族とともに避難移動していたのです。
宮城恒彦著「投降する者は」より
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