2015年9月3日木曜日

風景はちょっとづつ変わるもの

昔の話である。


この島は猫が多い


その日は家に帰るのが遅くなった
島でも見通しの利く大きな道路を歩いていた
その帰り道の中ほどに小さな橋がある
この集落に橋らしい橋は三つある
集落の東のハズレの橋の上に人が横たわっていた
アル中気味の初老の島の先輩が酔いつぶれて寝ている
夜中の12時を回ってた

島の人は車のスピードをあまり出さない
それでも暗闇の道路に寝てたら危ないだろう
肩をゆすって声をかけた
酔って道路で寝るのは気持ちがいいものらしい
気持ちが良すぎて癖になる
暖かい沖縄でも真冬の十数度まで気温が下がると凍死する人もいるらしい

起こそうとするがアウトである
彼は海人である
海人、ウミンチュと呼ぶ
漁師も海人だが、彼は漁師ではない
海人だ
漁で生計を立ててない
素もぐり漁専門でイラブチャー(ブダイ)やタコ、クブシミ(甲イカ)を捕ってくる
その日の酒代分だけである
酔いつぶれている
十数キロのクブシミが獲れたのだろうか


子ネコが泣きながら擦り寄ってきた
尻尾の短く曲がった猫だ
人なつこく甘え上手な子猫だ

海人はあきらめて、側に工事用の三角コーンを立て帰ることにした
もちろん子猫は連れて帰った

猫のことをマヤァーと呼ぶ
食いしん坊のことをガチマヤァーと云う
子猫の名前をボノと付けた
聞きたてのイタリア語だ、発音がちょっと違うがボノだ
若い子が子猫の名を聞いた
あのU2のボーカルのボノですか
そうだと答えた
スティングやU2はよく聞いていた
ボーカルの名前まではさすがに知らなかった
猫だから何でも美味しいと食べるだろうとボノと付けたのだが
真相は闇の中に捨てた


海人の三回忌も済んだ頃
ボノは大人になって家出を繰り返し独立した
短くて尻尾の曲がったボノは男だった
路で出会うと遠い親戚のおじさんに会ったように立ち止まり
何事もなかったように去っていく

橋の上で酔いつぶれて寝ていた日から1年余りたって
溺れるはずのないウミンチュは人間であることを忘れたように
息継ぎを忘れ溺れて亡くなった
人は言った海で死ねて本望だろうと
一つの風景が消えたようだった
存在はあまりにも島に溶け込んでいた
泡盛の入った三合ビンを右手に持ちフラフラと海人が歩いてきそうだ

3m離れていれば、とても楽しい人だった
この美しい海のどこかをふらついているのだろう 


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